大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所秋田支部 昭和34年(う)78号 判決

控訴人 検察官 金沢清

被告人 斎藤正作

検察官 小祝二郎

主文

原判決を破棄する。

被告 を罰金一万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

被告人に対し公職選挙法第二百五十二条第一項所定の選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しない。

理由

検察官の控訴趣意は秋田区検察庁検察官事務取扱検事金沢清作成名義の控訴趣意書の記載と同一であるからここに之を引用する。

記録によれば本件公訴事実は、

「被告人は昭和三十三年十月五日施行の南秋田郡飯田川町町長並に同町議会議員選挙に際し同選挙に立候補した小倉徳太郎外二十三名が同選挙に当選しうるよう激励するため、昭和三十三年九月三十日近藤運蔵外一名をして同町下虻川藤島金治方小倉徳太郎候補の選挙事務所外二十三ケ所において同候補外二十三名の立候補者に二級清酒二升宛を配付し、以つて選挙運動に関し飲食物を提供したものである。」

というのであつて、罪名及び罰条は公職選挙法第二百四十三条第一号、第百三十九条に該当するというにあるところ、原判決が本件は単なる社交的儀礼としてなされた行為にすぎず「選挙運動に関し」たものであるとの事実を証明すべき証拠がなく、結局被告人の本件所為は公職選挙法上の「寄附」として処理さるべきであるとの理由で被告人に対し無罪の言渡をしたことは所論のとおりである。

よつて先ず被告人の本件所為が公職選挙法第百三十九条にいわゆる「選挙運動に関し」てなされたものかどうかについて検討すると、原審において適法な証拠調を経た各証拠、特に被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書によれば大略次の事実が認められる。即ち、

被告人は秋田県会議員の職に在る者で、昭和三十三年九月三十日帰村の途中飯田川町を通過した際、同町において町長及び町議会議員の選挙運動が行われていることを思い出し、友人の立候補者千田富之助方に立ち寄つて選挙の情勢をきいたが、投票日である十月五日は自分が公用で不在になるので当選しても祝いに来られないから酒を一、二本買つて置いて行く旨同人に話したが、その際飯田川町は被告人がもと上井川村村長をしていた当時町村合併の問題でいろいろ交渉があつたし、県会議員になつてからも、公的な面でつながりもあり、私的にも町長、町議会議員の立候補者の殆ど全部と親疎の別はあつても交際があつたし、もつとも中には余り交際のない人もいたが、大部分の人に配つて一部の人にやらなくても感情的に面白くないだろうと思い、この際立候補者のうち全然知らない一名を除いた二十九名全員に皆頑張つてもらう意味で陣中見舞として清酒を送ろうと思い立つた。そこで近所の酒屋から二級清酒五十八本を取りよせ、二本宛しばつて之に被告人自ら「祈御当選斎藤正作」と書いた熨斗紙をかけ、近藤運蔵、菅生貞雄の両名をして同町下虻川藤島金治方小倉徳太郎候補外二十一名の立候補者の選挙事務所に右二級清酒二升宛(価格金九百八十円相当)を運び込ませて同候補者にこれを提供したこと。

而して公職選挙法第百三十九条で選挙運動に関し飲食物の提供が禁止されている所以は、単に飲食費の提供による選挙運動費の増嵩を防ぎ候補者自身の負担を軽からしめるのみではなく、選挙運動を契機とする飲食物の授受が、ややもすると投票の買収と結びついて選挙を不明朗化する点にかんがみ、選挙が公明且つ適正に行われることを確保するため、一定の制限(湯茶及び之に伴い通常用いられる程度の菓子、並びに選挙運動関係者に提供される法定制限内の弁当)を超える飲食物は、何人もいかなる名義をもつてするを問わず一切その提供を禁止したものであることは公職選挙法就中同法第一条第百三十九条制定の趣旨に鑑み明認しうるところである。してみれば同法第百三十九条にいう「選挙運動に関し」とは「選挙に関し」よりは狭いが「選挙運動のために」より広い概念で、飲食物の提供自体が選挙運動の手段となつている場合に限らず選挙運動に関することが飲食物提供者の動機決定の一契機となつていれば足りると解さなければならない。この事は同時に飲食物の提供が禁止されるのは単に候補者が選挙運動者その他の第三者に提供する場合に限らず、第三者が候補者その他の選挙運動者にたとえ激励のためのいわゆる陣中見舞として飲食物を提供する場合おも含み、共に本条違反の行為となることも意味しているというべきである。

飜つて本件につき案ずるに被告人の所為は前認定のごとく、立候補者二十二名に対し選挙運動を激励するための陣中見舞として飲食物である清酒を提供したものであるから、右の意味の選挙運動に関してなされた所為であることは明かである。されば他に特段の理由を示すことなく被告人の本件所為が単なる社交的儀礼にすぎず、法のいわゆる「選挙運動に関し」たものと認められない旨判示した原判決はこの点で法令の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は判決に影響があるといわねばならない。更に原判決はその後段において、要するに本件被告人の所為は公職選挙法上の「寄附」として処理を受くべき性質のものであるというのであるが(その当否については後に説示するとおりであるが)、公職選挙法にいわゆる「寄附」とは「選挙運動に関する寄附」であること法文上明瞭であるから原判決はその前段において被告人の本件所為が「選挙運動に関し」ない旨判示しながら後段においてこれを「選挙運動に関する」寄附であるというのであつて原判決は被告人の所為が選挙運動に関するものであるかどうかの点について判決の理由にくいちがいがあるわけであるから到底破棄を免れない。

しからば被告人の本件所為が法の禁止している候補者に対する選挙運動に関する飲食物の提供なのか、候補者に対する選挙運動に関する寄附であるかの点について案ずるに、原判決のいうごとく「総じて選挙に際し自己の好意をもつている候補者に対して陣中見舞として若干の金品を寄贈する慣習の存することは顕著な事実である」かどうかは別として、公職選挙法上第三者が候補者自身に対して行う寄附は特別の場合(同法第百八十四条、第百九十九条、第二百条第二項、第二百一条等)を除いては法の禁止していないところであり同法(第十四章)にいう「寄附」とは同法第百七十九条第二項に金銭、物品その他の財産上の利益の供与又は交付及びその供与又は交付の約束で党費、会費その他債務の履行としてなされるもの以外のものをいうと明定している。しかしながら同法第一条にいう同法の目的と前記第百三十九条の法意を併せ考えると、右「選挙運動に関する寄附」とは選挙運動の財源たらしめる目的をもつて或は直接にそのものを選挙運動自体に使用させる目的をもつてなされる金銭、物品その他の財産上の利益の供与又は交付及びその約束で党費、会費その他債務の履行としてなされるもの以外のものをいうと解すべきである。したがつて被告人が候補者の選挙運動を激励するためいわゆる陣中見舞として行つた飲食物である本件清酒の提供は前説示に照らし考察すれば公職選挙法にいわゆる「寄附」に該当せずして同法第百三十九条の飲食物提供禁止の規定にふれる所為といわねばならない。もつともいわゆる陣中見舞として第三者が候補者に湯茶及び之に伴い通常用いられる程度の菓子を提供することは何ら法の禁ずるところでないことは法第百三十九条本文カツコ内の規定により明らかであるが清酒は右にいう茶菓子類と同一視すべきものと認めることはできない。又右の程度を超えた飲食物が提供された場合、当該受領者(候補者である場合も含む)を直接処罰する規定を欠くも、受領者が候補者である場合には費用の計算としては提供された飲食物の時価に相当する金額の「寄附」をうけ、その金額だけ更に当該飲食物代として支出したものとして取扱うべきである。しかしかかる取扱も単に選挙運動に関する収支の厳格な規制に沿つた会計上のやりくりにすぎず、公職選挙法上の「寄附」についての前説示の解釈を左右するものではない。

又原判決は「被告人は全然犯罪意識などなく純然たる社交的儀礼意識に基い」て行つた旨判示し、被告人の前記各供述調書によればその旨の陳述がみられるが、右弁解が法の不知のため自己の行為の違法性の認識を欠いている趣旨としても公職選挙法違反の罪はいわゆる行政犯のうちでも刑法犯に近い犯罪で違法性の認識を必要としないと解すべきであるから右弁解は採用できない。論旨は理由がある。よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項、第三百八十条、第三百七十八条第四号によつて原判決を破棄し、同法第四百条但書により更に次のとおり判決する。

一、罪となるべき事実

被告人は昭和三十三年十月五日施行の秋田県南秋田郡飯田川町町長並びに同町議会議員選挙に際し、同選挙に立候補した小倉徳太郎外二十一名が同選挙に当選するよう激励するため、同年九月三十日近藤運蔵外一名をして同町下虻川藤島金治方小倉徳太郎候補の選挙事務所外二十一ケ所において同候補外二十一名の立候補者に二級清酒二升宛(価格金九百八十円相当)を配付し、以つて選挙運動に関し飲食物を提供したものである。

二、証拠の標目

1、原審第一回公判調書中の被告人の供述記載

2、被告人の検察官に対する供述調書

3、被告人の司法警察員に対する供述調書

4、検察官に対する石沢隆太郎、伊藤宗三、二田金治郎、鈴木一、児玉貝蔵、淡路ハルヱ、丹波邦夫、松橋文夫、三浦哲三、諸橋進、三浦信雄、諸橋良喜治、淡路善太郎、二田泰蔵、石沢津也、富樫フミ、菊地総太郎、伊藤豊治、小倉徳太郎の各供述調書

5、司法警察員に対する福田耕一、千田富之助の各供述調書

6、司法巡査に対する二田徳治の供述調書

7、検察官に対する菅生貞雄の供述調書

8、司法警察員に対する近藤運蔵、(別表二枚を含む)佐藤金蔵の各供述調書

9、南秋田郡飯田川町選挙管理委員会委員長鎌田市右衛門五城目警察署警視渡部弥一郎宛、二田泰蔵外二十一名についての選挙権等に関する照会回答書二十二通

三、法令の適用

被告人の判示所為は公職選挙法第二百四十三条第一号、第百三十九条本文に該当するから所定刑中罰金刑を選択し、所定罰金額の範囲内において被告人を罰金一万円に処し、刑法第十八条により右罰金刑を完納することができないときは金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状を考慮し、被告人に対し公職選挙法第二百五十二条第一項の規定を適用しないこととして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松村美佐男 裁判官 小田倉勝衛 裁判官 石橋浩二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例